最初に読んだのはもう40年前になる、宮本輝さんの短編小説です。ネタばれありです。
小説「幻の光」
震災被害に遭った輪島支援のために1995年の映画「幻の光」を上映するというニュースを読みました。
「幻の光」は若い頃凝っていた宮本輝さんの、とくに心に残る短編のうちの一つです。
幻の光(新潮文庫)
映画化されたとき見に行きたかったけれど、時間がなくてそのままになっていました。
今回も時間的に無理かなあ。
この機会に、10年に1度ぐらい読む新潮文庫の「幻の光」を久しぶりに読み返そうと思いました。
この本は1983年に200円で購入していました。
古い文庫本は文字が小さい!
8ポイントぐらいじゃないだろうか。
8ポイントっていえば食品パッケージの裏の表示の文字ぐらい…ちっさ。
表紙は日本画家の高山辰雄さんによる海をバックにした(と思う)顔の見えない裸婦像です。
本の中身とあまり関係なさそうなマット金な絵だけど、もう見慣れてしまった。
幻の光はず~っと全体が暗めのグレーを帯びた小説です。
主人公は尼崎の国道沿いにある貧しいアパートで育ったゆみ子。
彼女の関西弁の語りで話が進んでいきます。
出てくる人は全員貧しくて、その中で出来る限りの暮らしをしている。
貧しいが故のやりきれない悲しい悔しいエピソードがあれこれ出てきます。
大人になったゆみ子は同じアパートに住んでいた同級生の男性と結婚し、貧しいながらも幸せに暮らします。
子どもが生まれて3か月のとき、とつぜん夫が阪神電車の線路を歩いて自死。
以後ゆみ子は毎日夫に話しかけます。
もういない夫に何を聞いても答えてはくれません。
自ら亡くなった人に答えを求めるというのは「どうにもならない」の最上級で、全体を覆うグレーのトーンにぐるぐるのテクスチャがついていきます。
大家さんの紹介で再婚が決まって出発の日、阪神の駅で引き返そうとしたゆみ子は近所のたくましい朝鮮人女性・漢さんに会います。
ゆみ子にとっては顔見知りぐらいの人だけど、事情を聞いて大阪駅まで見送って励ましてくれたため引き返せなくなります。
漢さんが出てくるシーンはいつ読んでも涙が出ます。
幻じゃない光だからか。
輪島の板前さんと再婚し、そこからのイメージは貧しい尼崎グレーではなく、日本海側気候の曽々木グレーになります。
ゆみ子は優しい夫と家族に迎えられてしあわせに暮らします。
でも、阪神電車の線路を振り返らず歩いて行く亡夫に話しかけ続けるのです。
もっと時間が経ったら全体を覆うグレーが少しトーンアップするのかもな、って感じで小説がおわります。
宮本輝さんがこの小説を書かれたのは31歳の時だそうです。
作者より年下だった頃に読んでも、作者と同年代の頃に読んでも、倍の年になって読んでも、同じ人間の心を常に揺さぶる小説です。
10年後にこの小説を読んだ自分がどう思うのか、楽しみです。
宮本輝さんはすごい。
映画「幻の光」
アマゾンプライムビデオに300円レンタルの「幻の光」がありました。
幻の光
どうせなら映画館のデジタルリマスター版が見たいところですが、全体的にグレーな話だし、粗くてもいいか。
1995年に見たかった映画をついに2024年にパソコンで見ました。
意外にも、輪島の美しい景色が中心のおしゃれ映画でした。(個人の感想です)
わたしが重要だと思っていた要素が全部すっとばされてる。
「尼崎」のテイでやってるけどロケ地はぜったいに尼崎じゃない。
「阪神電車」が軽やかなライン入りのアルミ製車両で、高架を走ってるんだもの。
1995年の阪神電車はまだ昔ながらのもったりしたツートンカラーの車両だったはず。
阪神電車やその線路はこのお話の中で大事だと思うんだけど…関西人だからそう思うだけなのかな。
さらに、ゆみ子を演ずる江角マキコさんがおしゃれすぎて、貧乏、下町、田舎とは程遠い。
しかも関西弁が超ガタピシ。(関西弁だけじゃなくて演技も…個人の感想です)
夫になってる浅野忠信さんの関西弁もガタピシ。
おかあさんになってる木内みどりさんの関西弁もガタピシで、貧乏アパートのおばさんとは程遠いおしゃれマダム。
家の中でそんな靴下履くわけない。
というわけで、尼崎のシーンはお笑い情報番組の再現ドラマみたいでした。
輪島のシーンは景色や古い住宅の造りが美しく、とてもすてきでした。
「幻の光」じゃなくても、何でもよかったんじゃないかってかんじです。
「幻の光」だと思って見ると、映像が粗くてずっとモヤがかかっていたのが救いです。
スカッときれいな映像で見たら、後悔したことでしょう。
公開当時は海外での評価が高い映画だったそうです。
国際映画賞レースで評価される要素がしっかり盛り込んであったのかもしれません。
賞を狙って作ってあるなら仕方ないです。
図らずも輪島の復興に役立つとしたら、こんな「幻の光」ですごくよかったと思います。
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